文科省と自治体は今すぐホーム・ベースド・ラーニング(HBL)導入を!

変異株の影響か、子どもの感染や小学校でのクラスター発生が相次いでいます。


頻発する学校クラスター


2021年5月以降目についたものだけでも、以下のようなニュースがありました(注1)。



福井県では、第4波で「感染力が強く、短い日数で若い世代にも広がる変異株の特徴が顕著に」表れていると分析しています。

第3波で29歳以下の感染者が全体の27.2%だったのに対し、第4波は38.3%に上昇。小学校でのクラスター(感染者集団)などにより、特に19歳以下が10.6%から21.2%に倍増している。

感染爆発地域では、いくら学校の現場で「感染対策を徹底」しても、限界があるのは明らかです。先生のご負担と感染リスクも心配です。

小さな子どもを感染リスクから守るのは大人の責務です。文科省(相)も、日本の学校のIT環境が諸外国と比べて遅れていることは自覚しており、GIGAスクール構想の前倒しに動いているものの、危機管理で必要なスピード感が欠けています。

公立学校における集団感染の頻発は、感染急増・爆発期においても代替策を用意せずに対面推しを続けてきた文科省の方針と、それに追随している一部の自治体の不作為によって引き起こされている人災という側面があります。

「学びの保障」の現状


いざ感染が発生した際に、多くの自治体ですぐ打てる手が(文科省の方針は別として)実態として未だにほぼ休校しかないというのも、この一年、大人たちは何をしてきたのかと自問しています。

残念ながら「学びの保障」には程追い状況です。

休校やオンライン授業への切り替えにかなりの備えができている学校も一定数ある一方で、相変わらず、受け身的で、この1年どうしていたのかと問われるような学校、教育委員会があるのも確かだと思います。過去にタイムスリップはできませんが、過去を振り返り、反省し、いまできることを考えて、動き出すことはできます


これまでの投稿で、諸外国におけるホームスクーリングやホーム・ベースド・ラーニング(HBL)の取り組みを紹介し、これらの国と比べて、日本の子どもが特殊な状況にあることを指摘しました。

関連投稿:

学校閉鎖 vs 対面授業


学校閉鎖を含む広範な公衆衛生・社会的措置(PHSM)について論じたWHO、UNICEF、UNESCOの専門家によるガイダンスでは、「学校閉鎖が教育上の損失、公平性、子どもたちの一般的な健康や福祉に与える影響」を考慮し、地域の感染レベルとリスク評価に応じた、以下のリスク・ベースのアプローチをとるべきであるとしています。

地域の感染レベルと学校運営の原則:

  • 散発的な感染
    すべての学校を開校し、予防・感染対策を行う。

  • クラスター感染
    ほとんどの学校を開校し、予防・感染対策を行う。学校を含むクラスター数が拡大している地域では学校閉鎖を検討することができる。

  • コミュニティ感染
    経路不明の感染者数、相互に関連のないクラスター数などが増加し、より大きなアウトブレイクが発生している地域で、特に新型コロナの感染者、入院者、死亡者が増加傾向にある場合は、学校閉鎖を含む広範なPHSMを行う可能性が高い。


一方、文科省の衛生管理マニュア(「学校の新しい生活様式」)(2021.4.28 Ver.6)における基本スタンスは以下の通りです。

変異株の感染者や地域で感染経路の不明な感染者が増加しているなど、警戒度を上げなければならない場合であっても、特に小学校及び中学校については、地域一斉の臨時休業は、当該地域の社会経済活動全体を停止するような場合に取るべき措置であり、令和3年各月の感染状況においては、家庭内感染が大部分であることを踏まえれば、学校のみを休業とすることは、学びの保障や心身への影響の観点から、避けるべきと考えます。
(中略)
感染者が判明した時点で直ちに臨時休業を行うのではなく、学校内に広く感染が広がっている可能性が高いような場合に、必要な範囲での臨時休業を行います。
(中略)
地域の感染状況が悪化し、感染経路不明の感染者が多数発生しているような地域では、地方自治体の首長がアラートを発し、地域内の社会経済活動を一律に自粛することがあります。このような局面では、感染者が出ていない学校であっても、臨時休業を行う場合があります。
(中略)
レベル3の地域では、このように、地域や生活圏の感染状況を踏まえた臨時休業を行う場合もありますが、レベル1及びレベル2の地域においては、基本的には、地域一律の臨時休業を行う必要性は低いと考えられます。

同マニュアルで、「昨年、新型コロナウイルス感染症の感染拡大に際し、長期にわたり臨時休業措置がとられたことで、学校が、学習機会と学力を保障する役割のみならず、全人的な発達・成長を保障する役割や居場所・セーフティネットとして身体的、精神的な健康を保障するという福祉的な役割をも担っていることが再認識」されたと指摘されている通り、昨年の一斉休校の副作用が大きかったことは確かです。

一方、今の文科省の方針は、その反動で、対面推しにシフトしすぎている印象が強いです。

その結果、感染状況が悪化したときの休校を前提とした「学びの保障」を行うための準備がなおざりになってきました。

「休校か対面か」という二択で思考停止しているようにも見える今の日本の状況は、子どもを守りつつ、多様な学びの機会を提供している国から見れば、異常に見えることでしょう。

次の投稿で指摘しているように、対面推しを続けているにも関わらず、学校で世界最高水準の感染対策が行われているとは言い難い状況です。

子ども自身の重症化や後遺症(Long Covid)のリスクに加え、家庭内感染(子ども→大人)の深刻さを考えると、子どもにとっては基本的に風邪のウイルスという、国内で著名な小児科医が繰り返す言葉を聞いても、むしろ不安が募ります。

 
同マニュアルに加え新型コロナウイルス感染症に対応した持続的な学校運営のためのガイドラインでも、臨時休業や出席停止等により登校できない状況ではITを(一部)活用した学習について記述があります。これを機にGIGAスクール構想実現を加速する姿勢も見られます。

児童生徒がやむを得ず学校に登校できない場合などには、例えば同時双方向型のウェブ会議システムを活用するなどして、指導計画等を踏まえた教師による学習指導と学習把握を行うことが重要です。

学習指導を行う際には、感染の状況に応じて、地域や学校、児童生徒の実情等を踏まえながら、主たる教材である教科書に基づいて指導するとともに、教科書と併用できる教材等(例えばデジタル又はアナログの教材、オンデマンド動画、テレビ放送等)を組み合わせたり、ICT環境を活用したりして指導することが重要です。

文部科学省においても、児童生徒の自宅等における学習の支援方策の一つとして、それに資する教材等を「子供の学び応援サイト」に随時掲載しており、本サイトを活用することも考えられる。
(中略)
「GIGA スクール構想」の実現に向けて、端末等の早期調達・納品に向けた更なる取組を進めるとともに、やむを得ず学校に登校できない児童生徒に対し、家庭環境や情報セキュリティに十分留意しながら、自宅等においても学習を継続できるようオンライン学習が行える環境を積極的に整えること。


文科省も先進事例を自治体に電話で聴取し情報をまとめるなど動いていますが、多くの学校では、オンライン学習の準備は道半ばで、休校も感染爆発になって後追い的に行われているのが実態です。また、上記応援サイトはあくまで補助的なもので、リンク先の動画が非公開になっているコンテンツがそのまま掲載されているなど、充実しているとは言いづらいです。

Twitterでは、不安を抱えながらも登校させている保護者や、様々な事情から自主休校させている保護者による、文科省(相)や自治体への不満、不信の言葉が並んでいます。(#自主休校 #選択登校制 #オンライン授業 #変異株から子どもを守りたい などのハッシュタグをご覧ください)

HBLという選択肢


これまで感染を抑えこんできた台湾やシンガポールでも感染が増えています。

この二国は、「子どもを守る」ことと「学びの保障」を両立するために、リスクが高い状況になったら即座にオンライン学習に移行しています。例えば台湾では、以下の動きがありました。

潘文忠教育部長(教育相)は記者会見で、28日まで全校を休校とし、オンラインで授業を行うことを明らかにした。


目を引くのが、シンガポールの対応です。

シンガポールは教育水準の高い国として有名ですが、体系的で厳格な新型コロナへの対応も知られています。(同国における感染者検知の仕組みは、パンデミックの初期からゴールドスタンダードとの評価を得ていました)

Disease Outbreak Response System Condition (DORSCON)というフレームワークでリスクを評価したうえで、分かりやすく色分けして市民に提示し、レベルに応じて一貫性のある対策を迅速に打っています。現在は、上から二つ目のオレンジとなっています。

出典:シンガポール政府

シンガポールは教育省の主導で、国内での感染者増と、7つの小学校で散発的な感染者が出たことを受けて、「予防措置」として、2021年5月19日から全ての学校で完全なホーム・ベースド・ラーニング(HBL)に移行しました。

この発表が記事化された2021年5月16日時点で、100万人あたり新規感染者数(7日間移動平均)は日本が48.56、シンガポールが5.52と、日本の方が8倍以上悪い状況でした。


子どもの重症化、後遺症リスクについては未知のことも多いため、予防原則に則った妥当な判断といえます。

シンガポールのHBLの特徴は以下の通りです。

  • 学校が責任をもってカリキュラムを提供する
    親が教えるホームスクーリングとは異なる
  • オンラインのみならずハードコピーの教材も使う
    (スクリーン・タイムが長くなりすぎないようにする)
  • デジタル機器やインターネット接続が必要な家庭への支援あり
    (生徒自身の機器が使える場合はそちらを使う)
  • 在宅学習が難しい生徒には学校を開放する
    (両親ともにエッセンシャル・ワーカーなど)

教育省の大臣は、今回HBLを展開した理由として「家庭外での活動をできる限り減らす」「授業を次学期に持ちこすと生徒、保護者、学校に大きなストレスを与える」と語ったようです。

シンガポールでは昨年の春にもHBLの実績があることに加え、感染が落ち着いているときに一部の小学校と中学校以上で月に2日HBLを行うブレンデッド・ラーニングを実践し、経験値を積んできました

HBLは、単なる休校と次元が違うのは言うまでもありませんが、日本の自治体でも一部導入されている選択登校制ともやや異なります。

今の日本の選択登校制が「感染不安のある生徒は家にいても良い。感染者が出たら在宅学習を拡大」という傾向が強いのに対し、HBLは「在宅学習できない生徒は学校に来ても良い感染者が出る前に在宅学習で予防」という点に重きを置いている印象です。

HBLは感染拡大期に広域的にリスクを回避するための緊急避難的な予防措置という位置づけのようですので、期限を区切ったうえで、主体を在宅学習に置いています。

また、HBLはシンガポールの教育省が主導しているのに対して、日本の選択登校制は、あくまで各自治体が主導しています。文科省として、統一的な指針や対応を打ち出しているわけではありません。(もちろん、今後、選択登校制の位置づけが変わり、呼び名以外は実質的にHBLと変わらなくなる可能性もあります)

ただ、シンガポールでも全国一律的な在宅学習が長期化することによる弊害はあると考えています。今後は、新たな迅速検査、生徒へのワクチン接種などを通じてHBLに移行する学校を一部に限る「部分的なHBL」も行っていきたいとしています。

シンガポールでHBLを可能にした歴史的な背景やオンライン授業のツール、オンライン環境での学生の「エンゲージメント」をいかに高めていくか、といった内容について詳細に分析した研究論文も出ています。HBLという概念の実装はシンガポールに限らずマレーシアでも行われており、ソーシャルメディアの反応や記事などを見る限りでは、保護者からの評判もおおむね良いようです。

シンガポールが昨年のコロナ禍で即座にHBLに踏み切れた背景には、何かあった時のために予め在宅学習の仕組みに投資し、定期的に試用していたことが大きかったようです。

シンガポールの公立学校は数年前から、年に2回e-Learningと呼ばれる在宅学習の日を設けて、有事の際に自宅学習が出来るようなプラットフォームを用意していました。SARSなどの感染症やヘイズ(煙害)で登校が出来ない時を想定してのことでした。
(中略)
オンライン授業と呼ばず自宅学習と呼ぶのは、オンラインでスクリーンを視聴する時間を1科目30分まで、1日4科目で合計2時間までに制限しているからです。

彼我の差に驚きますが、IT・教育先進国として、「子どもを守る」ことと「学びの保障」の両立に向け、当たり前のことを淡々とやっているという意識かもしれません。

シンガポールでは、教育省と大臣がHPやFacebook、Twitter、Instagramを駆使しながら、先生、保護者、そして子どもに寄り添った情報提供やメッセージ発信を行っています。

それらの発信に対するコメントを見ていると、ごく一部に「感染者が少ないので早く学校の再開を」という反応もありますが、感謝や賞賛が多いようです。

日本では、学校の感染対策に対する専門家の動画コメントへのリプライが賛否両論となっており、対面か休校かという二択で分断された保護者の状況と符合するのと対照的です。

教育相によるHBL開始時のメッセージ

最後の資料の副題に「Don't worry, be steady!(心配しないで、一歩一歩!)」とあるように、教育省が保護者と子どもの不安に寄り添っている感じがにじみ出ています。

カラフルで大きな文字は見やすく、楽しげな雰囲気のアイコンを多用するなど子どもが読むことを意識した も感じられます。

在宅学習の様子

ハッシュタグ#HappyHBL


感染爆発段階になってようやく学校を休校し、夏休み短縮等で埋め合わせをするという日本の場当たり的な対応を見ると、学習進度で国際競争上後れを取ることになるのではないかと心配になります。

日本でも文科省や自治体が本気で取り組めば、日本流のHBLによって様々なニーズを満たしながら感染リスクを回避するための仕組みを構築できないはずはありません。

国内の自治体の先行事例は、大いに参考になるでしょう。

2017年の文科省調査の時点では、熊本市における教育用コンピュータ1台あたりの児童生徒数は12.3人で、政令市のなかでは下から2番目、区市町村別では1782位(1816中)で、言わばビリだった。これが2020年にはフロントランナーになった。
(中略)
熊本市教育委員会の一連の取り組みの根っこには、児童生徒と教職員への信頼がある。言い換えると、教委と学校との距離が近い。
熊本市でオンライン授業はなぜ進んだのか

首相や文科相などのリーダーが号令を行い、Go Toなどの他の施策に向けている予算の一部を回し、現場が創意工夫をすれば、今からでも日本版HBLの導入は可能と考えます。(端末はGIGAスクール構想の推進によって配布が進んでいるようです)

感染ステージが低い(例えば文科省のガイドラインにおけるレベル1の)うちは、特定日のみHBLとするブレンデッド・ラーニングで練習を積みながら、感染爆発になる前(ステージ3=レベル2の拡大局面以上)に完全なHBLに移行してリスクを回避する。そして感染ステージが下がってきたら改めてブレンデッド・ラーニング、そして通常の対面授業へと迅速に戻す。これらを自治体に任せず、明確な指針を示し、財政的にも支援する。

シンガポールのHBLはこうしたイメージです。非常に合理的な仕組みではないでしょうか。

私権制限を嫌う日本では、シンガポールが実施した短期間の部分的ロックダウン、いわゆるサーキットブレーカーを真似するのは難しそうですが、HBLはトップのリーダーシップ次第でそれほど難しいとは思えません。

実際に、寝屋川市、熊本市、福岡市では首長や教育長のリーダーシップのもと、選択登校制が実施されている実績があります。現時点で文科省は自治体の裁量にゆだねる姿勢を取っていますが、結果的に自治体間の格差につながっています。

多くの国民へのワクチン接種が冬までに間に合うかどうか分からない今、次の波に備えて、文科省と自治体はすぐにHBLの全面導入へ向けた政策転換を図ってほしいです。


Twitterでも情報発信しています。宜しければ、ご意見お寄せください。


注1:2021年7月23日追記:その後の状況については、本当に新型コロナの「子どもの感染者は少ない」のか?で分析しています。

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