新型コロナと子どものリスク(2)

前回は、諸外国と比べてオンライン学習をはじめとした感染防止策は必ずしも十分ではないこと、国内でも小児の重症化例が報告されはじめていることなどに触れました。今回は、新型コロナと子どものリスクについてもう少し掘り下げてみます。


慎重派 vs 緩和派


新型コロナのリスクについては、「コロナ脳」と揶揄されることもある慎重派から「コロナは風邪」と主張する緩和派まで、様々なスタンスが見られます。

当然、子どもの防疫意識や感染予防行動も、日ごろ接する親など周囲の大人のスタンスによって十人十色です。こうした違いはどこから生まれているのでしょうか。

リスク管理のフレームワーク



一般に企業の事業活動におけるリスク管理の考え方では起こりやすさ(発生確率)と起きたときの損失(影響度)という二軸でリスクを評価し、それぞれを掛け合わせて求められるリスクレベルに応じて対策を行っていきます(注1)。

IT業界のシステム開発のプロジェクト管理でもこの考え方に基づいて、リスクが顕在化した際に被害を最小限に抑えるための活動を行うのが常です。

子育てを子どもが独り立ちするまでの20年超のプロジェクトとして捉えると、新型コロナを含むパンデミックは、巨大地震や原子力災害などのように、一旦顕在化すると子どもや家族の生命や健康に不可逆的な危害を及ぼしうる重大事象と捉えられます。

システム開発プロジェクトに例えれば、未知のコンピュータウイルスが世界中でまん延し、社内ネットワークに紛れ込んできて、老朽化したシステムや脆弱性のあるシステム(高齢者や持病のある方)から狙い撃ちするかのように深刻な影響が出始めているような状況といえます。

そして、開発中のシステムや稼働後間もないシステム(子どもや若者)は、ウイルスが侵入したとしても、理由ははっきりしないものの、被害が起こらないか、起きても比較的少ない(無症状または軽症で済む)ことが多いという特性をもっています。

10数年以上の開発期間が残っている進行中のプロジェクトの責任者(子育て中の親)の立場で、この未知のウイルスのリスクを上のフレームワークに当てはめてみます。

発生確率


国家単位で考えると、ウイルスが侵入した時点で、リスク管理から危機管理にモードを切り替えたら、十分抑えられるまで危機管理を継続したほうが良かったと考えますが、日本ではwithコロナとして、日常の一部になっています。

加えて、一年以上経過しコロナ慣れしたのか、それとも自分は大丈夫という正常性バイアスの影響下にあるのか、身近で感染者が出たり、自身が感染したりするまでは、油断すると、どこか他人ごとのようにも感じがちです。

感染する確率がどのくらいかを把握するため、生活のなかで身近なリスクの一つとしての交通事故と比べてみます(ただし、新型コロナは交通事故と違い、医療従事者を含めて人から人へ感染する、放置すると急拡大する、感染爆発すると医療崩壊を招くといった特徴があるため、単純に比較できない面も多いことには注意が必要です)。



当初新型コロナの検査は全体的に追いついていなかったようですので、無症状や軽症のまま未検査で軽快した方もいると考えると、新型コロナの件数はもっと多そうです(2021年7月23日追記:この疑問については、本当に新型コロナの「子どもの感染者は少ない」のか?で検証しました)

特に幼い子どもは無症状や軽症が多いといわれているため、発生確率はもう少し高いはずです。また、変異株で感染力が強くなっていることから、今後罹患するリスクはさらに高くなるでしょう。

交通事故より多い程度の発生確率のリスクをどう捉えるかは人それぞれです。ただ、後遺症(Long Covid)など未知の部分も多い新型のウイルスが、わずか一年で交通事故以上に身近な脅威になってしまっていることに改めて驚きます。

さらに、感染爆発地域では、学校での感染やクラスターが多発しますので、そうした状況で感染対策が十分とは言えない今の学校に通うのは、安全対策上の穴があり、事故が多発している危険な通学路に子どもを送り出すのに似ています。

社内ネットワークに侵入を許し(水際対策の失敗)、ウイルスがまん延(市中感染が継続)しているなか、いつウイルスにさらされてもおかしくないことから、プロジェクトの責任者(子育て中の親)としては、発生確率が高いリスクと捉え、備えたほうが良いと考えています。

感染者数は日々データが公開されるため、発生確率については、人による情報量の差がそれほどありません。

そのリスクをどう捉えるかという点は、リスクが顕在化した場合に、どのくらい重大な事態になるかという影響度の評価による部分が大きくなります。

影響度


これまで、日本は感染爆発した諸外国と比べれば感染者が少なく、重症・死亡例も高齢者が中心であったことから、若年層にとって、深刻な影響があるとは受け止められにくかった面がありました。

それでも、第3波と第4波では感染者が増え、自宅待機のまま症状が悪化する例、若年層の重症・死亡例、後遺症例などを目にする機会が増え、新型コロナは高齢者に限らず重大な影響をもたらしうることが知られるようになりました。

子どもはほとんどが無症状から軽症であると見なされてきましたが、2021年2月から3月にかけて、日本小児科学会と日本川崎病学会から、複数の通知がありました。

一つ目は、子どもの重症例についての提言です。

「小児多系統炎症性症候群」と言われ下痢、発熱、発疹などがみられ、心臓の動きが悪くなることがあるのが特徴です。新型コロナウイルスに感染した回復期(2-6週後)に学童期以降の小児にこのような症状が認められる傾向があります。国内でも感染者が増えた場合は、同様の例が発生することが危惧されていました。
今回、国内において少数ながら重症化した小児がいることが明らかになりました。海外と同様に小児多系統炎症性症候群と考えられる患者さんも認められています。

二つ目は、小児多系統炎症性症候群(MIS-C)の関連学会への周知依頼です。MIS-Cを新型コロナに続発する「ショックや心筋炎を呈して、複数臓器の障害を起こす重症な病態」としたうえで、以下の通り述べています。

2020年末からの小児も含む感染者増加の中で、本年2月第2週後半から本日までに、国内の数施設から、MIS-C の診断基準を満たすと思われる症例が数例、当学会宛に報告されてきました。

三つ目は、子どもと変異株の感染についての注意喚起です。

特に感染力が強いウイルスは、感染対策が上手くできない小さな子どもへの感染の広がりが心配されています。今後、国内での変異株の広がりと、子どもの感染者について慎重に見ていく必要があります。

2021年5月10日時点の国立感染症研究所の資料によれば、新規変異株症例のうち10歳未満は5%(946)、10代は10%(1,859)と20歳未満で15%を占めています。

子どもの感染者が多かった欧米では、MIS-Cや子どもの後遺症といった保護者にとって重要な情報は、公衆衛生当局、大学、民間の有志団体などが、積極的に情報を発信しています。

例えば、MIS-Cについては、米CDC、米イェール大学といった信頼性の高い機関が一般向けに広く情報を公開し、理解を促進しようとしていることが見て取れます。

米CDC:

米イェール大学:

また、後遺症が疑われるお子さんを持つ保護者が立ち上げた民間団体がソーシャルメディアを使ってアクティブに活動しています。


米国では、変異株の影響か、10代前半までの子供の新規感染者数の割合が65歳以上を逆転したというニュースもありました。

研究者らは、変異株が新型コロナ感染に関連する希少な炎症性疾患など新たな形で子供に影響を及ぼしているのではないかと懸念している。CDCが資金拠出する研究を率いるボストン小児病院の救命救急専門医エイドリアン・ランドルフ氏は「大きな懸念は、子供人口全体が保護されないままとなっていることだ」と指摘した。

新型コロナウイルス感染症の国内発生動向という資料によれば、日本では2021年5月12日時点で640,472人の陽性者のうち10歳未満が20,042人と3.1%を占めています。同資料の2020年12月29日時点の数字では、222,085人のうち10歳未満が5,250人と2.4%でした(注3)。多くの子どもが感染していることに驚き、割合も増加している点が気になります。

一方、新型コロナウイルス感染症の“いま”に関する11の知識という資料では、2020年10月の年代別の重症化割合が示されており、0歳未満は同年1-4月で0.69%、6-8月で0.09%と割合は高くありません。(半年以上前のデータのままですので、最新のデータが待たれます)

子どもに関するデータとしては、以下の2つにも注目しています。

一つ目は、東京iCDCが2021年2月に公表したデータです。2020年12月の全国における入院時重症例の数を年齢別に示したもので、対象となった10歳未満の患者319人のうち酸素が必要になった方は116人と36%に上っています。

二つ目は、日本小児科学会のデータベースです。入院管理となっている子どもが高い割合を占め、日々増えている様子が分かります。(同調査では「後遺症と思われる症状が小児症例においても報告されています」とあり、後遺症に関する調査もはじまっているようです)

感染爆発した諸外国に比べて日本で感染者数が少なかった理由、ファクターXが、すでに体が持ち合わせていた「人体内の要素」に起因するものではないとすると、日本の子どもも例外ではありません。

変異株のまん延とともに感染者が増えれば、MIS-Cや子どもの後遺症が今後日本でも増えるのではないかと危惧します。

変異株は、大人も子どもも従来よりもかかりやすいこと、また国内でも子どもの重症例・後遺症ともに事例がでてきていることから、子どもにとっての影響度は、小さいとは言い難いです。

プロジェクト予算(子育て資金)の責任者(働き盛りの親)としては、開発中のシステム(子ども)がウイルスに侵入されるリスクだけに目を向ければよいわけではありません。

リスク管理上は、ウイルスの影響によってプロジェクトが回らなくなるあらゆる事態を想定して、リスクを回避・軽減しなければなりません。小さな子どもとの生活では、濃厚接触が避けにくいため、家庭内感染を防ぐことは非常に難しいと感じています。

最近は働き盛り世代の死亡例が続いていることから、子育て中の親としては、子どもの感染の影響は子ども自身に留まらず、親にまで及び、家庭の維持が難しくなる恐れもある深刻なリスクであると捉えています。

次回は、リスク管理のフレームワークに基づいて回避、軽減、受容、転嫁という対策について考えます。


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注1:発生確率と影響度を高中低、大中小など数段階でレベル分けしてリスクをスコアリングすることが一般的ですが、ここでは高低、大小の4象限に単純化しています。

家庭内で、新型コロナのリスクに関する意見が異なる場合、感染ステージや発表されている重症例などの指標や事実に基づいてある時点のリスクを評価し、行動指針を各象限で決めておけば、迷うことなく行動にうつせるかもしれません。


同様に、2020年の10歳未満の子どもの負傷者は45人、亡くなった方は1人でした。一方、10歳未満の新型コロナ感染者数は2021年3月27日時点で83人、亡くなった方は0人でした。総数は1.8倍ですが幼い子どもにとっての死亡リスクは(少なくとも現時点で、従来株については)交通事故の方がリアルな脅威となっています。

注3:割合の桁が誤っていたため修正済み(2021年8月31日)。

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